何鹿神社(曽根)

何鹿神社は、約1300年前の大宝2年(702年)の創建、いづしかのいそ部神社、と呼ばれ、京都丹波地方では最古級の式内社(しきないしゃ)で、現在の「何鹿神社」と呼ばれるようになったのは、正和4年(1315年)からといわれている。戦国の世は一郷の人々の団結が何より重要であったため、この地域周辺の社を統合し、現在の位置に社殿を建てた。
御祭神は、品陀別命(ほんだわけのみこと・八幡さんと呼ばれる式神)、大山衹命(おおやまずのみこと・海山の神)、彦狭知命(ひこさしりのみこと・大工の神)の三神で、三間社流造の美しい古典的な社殿に祀られていた。
平成11年5月12日に火災で本殿は全焼したが、ご神体は銅鏡だったので最小限の被害で済んだ。
年中行事
1月1日:歳旦祭
1月3日:元始祭、交通安全祈願祭
3月中旬:祈年祭、新入学児童修学祈願祭
4月26日:春季例祭(誕生祭)
6月下旬:さなぶり祭、大祓式
10月17日:秋季例祭
11月下旬:新嘗祭(にいなめさい)、七五三詣で
12月下旬:大祓式
祭神
大山衹命 山の守護、野の守護、田畑の作り物、延命長寿、産業発展の守り神
品陀別命 健康、厄除け、家内安全の守り神
彦狭知命 建築、技能、芸能の守り神
末社 春日神社、大原神社
由緒
天武12年すでに社があったと伝えられ、大宝2年(702年)から出石鹿いそべ神社、正和4年(1315年)から何鹿神社と呼称している。
永禄12年(1569年)再建、弘化5年(1848年)再建。貞和5年(1349年)に書かれたと認められる大般若経が明治6年(1873年)まで社内に存在していた。天正の頃(1573~1591年)中丹波山内荘7社の御輿が本社にあつまり祭礼式を執行した。
本社は山内の荘の一の宮とされ、昔から荘内の人々が尊崇し御輿の存在中は例祭日に七社の御輿を担いできて御旅祭礼があったと伝えられる。
平成11年5月12日、不審火により全焼した本田は弘化5年2月債権のもので、三間社流造桧皮葺(50㎡)軒唐破風の向坪を一間に送る形式、端正な中に柔らかな味を漂わせ江戸末期の特徴をよくあらわした建物で、その上に覆屋銅板葺(82㎡)があった。
現在の社殿が平成13年10月完成のもの。

  • 駐車場

    なし
  • お手洗い

    あり

アクセス

京都縦貫自動車道丹波ICから車で5分